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| 1000年女王の後日談としても999の前日談としても厳しい出来 評価: |
| 円谷映像のメーテルレジェンドのページに、松本氏の筆で本作の導入部を描いたwebコミックが
載せられており、そこでプロメシュームが2001年に地球を去ったと語っているので、本作は 漫画版の続きらしいですね。 ラーメタル人は春が来るまでは冬眠してるという設定だったのでは・・・この作品ではみんな 酷寒の環境にも関らず冬眠してないんですけど。『1000年女王』で弥生が奴隷の地球人を 地球に送り返して労働力不足となったので、寝てられなくなったんでしょうか? 祖国ラーメタルに反逆行為を行った人が女王になっているというのも常識的に考えてありえない。 たぶん改心したラーレラの後押しじゃないかと思うんですが。 それはよしとしても、プロメシュームが機械の体による永遠の命を実現し、そうした人々が たくさん暮らす理想郷として機械化帝国を築き上げたのは、過去に生身の体の脆さや儚さに 絶望した経験があったからだと思うんですけど。例えば不治の病にかかって肉親が死んだ 悲しい思いをしたのがきっかけで永遠の命を希求するようになり、機械の体の研究を続けて 機械化人となる技術を確立したとかだと思っていたんですが・・・・ハードギアなんてあんな 胡散臭い悪役然とした機械化人の科学者を登用して彼のいうことを鵜呑みにする女性だとは 思えないんだけどな、弥生は。 『1000年女王』のラストは、いつかラーメタルに春をもたらす惑星にめぐり合えるのではと いう期待を感じさせ、余韻を残す終わり方だっただけにこの弥生の変貌は見ていてつらい ものがある。始や三色ラーメン堂の育て親が見たら泣くぞ・・・ 『999』の前日談として見ても、ドクター・バンとの出会いやなぜ彼はプロメシュームと対立 してペンダントになってしまったのかなど、これまで謎に包まれていた部分の核心に迫って いないので未消化な感じを受ける。 そもそも『1000年女王』の弥生と『999』のプロメシュームを同一人物とするのに無理が ありすぎ。キャラ乖離しすぎやん。 |
| 母親と娘/絆と嫉妬 評価: |
| 雨森鉄郎さんのレビューの、「読み」の深さには恐れ入ります。
松本零士作品の人物関係は、各作品によって微妙に異なったりする部分もありますが、そこは各作品として、捉える側の自由解釈でよいと思います。 メーテル、エメラルダスの関係を見ておりますと、双子の姉妹でも、とても対照的な二人です。エメラルダスの方は過酷な環境の中で、自然に生き延びる術を学んでいったのか、あの年齢で、あれほどの武術を身につけるなど、相当な鍛錬を積んでいたんでしょう。日ごと厳しくなるラーメタルの環境と、苦悩する母親、妹を守るために「男役」を買ってでたんだろうと思います。メーテルの方は、その優しさと母親思いゆえ、存在そのものがプロメシュームの心を癒していたんでしょう。実際、松本零士インタビューの中で、「エメラルダスは闘う人、メーテルは愛の人という役割を分かち合っている」と語られています。 プロメシュームにとって、自立心の旺盛なエメラルダスよりも、深い愛情で母親を支えるメーテルに心のよりどころを 求めたんでしょう。実際、母親と娘の関係というのはそうですね。母親の味方はいつでも娘です。でも、女同士の感情というものも、親子といえどもしっかり存在します。それは最悪な場合、「嫉妬」です。たとえて言うなれば、白雪姫に呪いをかける女王のような。完全に機械化した後の母親は、メーテルを歪んだ「愛」で呪縛するとともに、最愛の妹を拘束することで姉のエメラルダスにも「孤独」という呪いをかけたんですね。 機械化した母親の、嫉妬と間違った愛情が、この二人の姉妹にのしかかる所以がこの物語でわかります。そして母親の呪いを解く鍵は、あちこちで冒険や修羅場をくぐり抜け、「英雄」体験をした男子が持っています。 |
| 松本零士の物語世界が好きな人は見るべし 評価: |
| 松本零士、やっぱいいよね。銀河鉄道999が放映・映画公開されてからそろそろ30年。
その間、ガンダム時代があり、うる星やつらの時代があり、ナウシカ以降の宮崎アニメの 黄金時代があり、いつの間にかアニメを全く見なくなり、あの時小学生の自分は今や40 のオヤジに向かいつつある。 でも、あらためて思ったのは松本零士の物語世界が一番好き。ハーロックも好き、エメラ ルダスも好き、大純情君も好き、戦場漫画シリーズも好き。当然、銀河鉄道999は大好 き。そういう人は本作品を見ましょう。 細かい事を言い出せば過去の作品と矛盾点はあれど、気にしてはいけない。むしろ、子供 の頃に置き去りにした疑問が、長い年月を経てつながりつつある事を楽しまねばなるまい。 機械化して、身も心も変わり果ててゆく1000年女王”雪野弥生”のシーンは見ていて 辛いものがあるが、厳しい現実と自らの立場ゆえにああいった道を選んでしまった彼女は、 今や年を取って、厳しい現実と会社や社会での自らの立場に葛藤し、時には信念に反する ことを平然とやり、心に多くの逡巡を抱え、罪悪感と無力感に浸る頃であろう、我々松本 アニメ世代にはシンパシーが持てるはず。 さあ、これを見たら昔見た劇場版銀河鉄道999をすぐ見ましょう。狂った母とともに生 きながら母を裏切り続けたメーテルの苦悩と悲しさ、しかし、それが母の遺言?であり、 父の信念であるとしたら・・・・。こんな辛いこと、メーテル一人ではやれないよ。 エメ姉は大山トチローを愛して大人になり自立したが、メーテルは貧乏くじ引いて、母の 呪縛の元に生きてきたんだよな。この作品を見ると、メーテルは鉄郎を導く大人の女性で はなく、苦悩する大人びた少女だったと解釈できる。その呪縛を解いたのが鉄郎。少女の メーテルが少年鉄郎を愛すると考えれば、そう、あの二人の恋愛感情は不自然ではないん だよね。鉄郎を愛して母の呪縛が解けたわけだ。だから、エメ姉やハーロックもそんな不 憫なメーテルを放っておけないんだろうね。だから、いつもピンチの時に加勢してくれる し、また、そんなメーテルの呪縛を解いた鉄郎は、2人から見ても偉大な男なんだろう。 まあ、賛否両論あろうが、これをきっかけに昔の作品を見ることがオススメ。 |
| 「1000年女王」後日談として。 評価: |
| 「1000年女王」と「銀河鉄道999」をつなぐストーリーのうち、1000年女王の後日談ともいえるものが本作になります。「1000年女王」は原作漫画、TVアニメ、映画版の3種類があり、それぞれストーリーが微妙に異なるのですが、本作は原作漫画の続編になります。したがって、話の背景がよくわからない場合には、1000年女王の漫画版を読まれると合点できることが多いと思います。
プロメシュームはラーメタルの傀儡として1000年女王になっていたのですが、本作ではすでにラーレラから譲位されてラーメタルの女王になっているところからスタートします(このあたりの説明が欠けているのでわかりにくい)。そして優しい母であり賢明な女王だったプロメシュームが機械化母星の支配者になってしまった原因が克明に描かれます。後々大きな存在になるメーテルの父についての説明もわずかですが出てきます。本作の続編となる「宇宙交響詩メーテル」と合わせて見ると、1000年女王から999までが一本に繋がります。 なお絵は丁寧に描かれていますが、音楽は電子楽器が主体で少し軽いと思いました。 |
| 大人になって・・・ 評価: |
| 「−600度」は度量衡が異なるとして目をつぶっておきましょうか, 当初の「999」や「1000年女王」の設定との矛盾点もあります, 例えば,映画「1000年女王」パンフレット中でのプロメシュームと 雪野弥生との関係が,本作品とでは異なる,など. しかし新解釈・新設定として,この作品は逸品だと思います. 又,やろうと思えば幾らでも手を加えることが出来たでしょうが, 吹雪の雰囲気など,作風が「999」のそれと同じであるように 徹底されている点が大変良いです. 作品の解釈には,「999」「1000年女王」「エメラルダス」の, 特にコミックを読んでおくと一助になるでしょう. 当初より松本作品の登場人物には奥深い繋がり(特にメーテルとエメラルダス)を 感じさせていましたが,ミステリアスにしていたものが紐解かれて行くのは, 嬉しいような悲しいような・・・複雑な気持ちです. が,「999」の汽笛の音を聞いたときは,鉄郎に自分を重ね合わせて 無限の宇宙を旅したいと夢見ていた少年時代が蘇りました. 大人になって深いところまで見えるようになった,と言いましょうか, そういう気持ちで鑑賞するのも一興ではないかと思います. オススメです! |
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