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| おもしろい 評価: |
| 本書は春秋戦国時代の趙氏の興亡を描いている。
ただその視点をある一人の人間に定めるというよりも 趙という一族(国)の興亡を描いている。 春秋戦国という荒波の中をどのように晋国の中で趙氏が権力をもち、 趙という国を誕生させていったかを臨場感高く描き、とても面白い。 また中国人に流れる血族思想が良く現れているという点も興味深い。 宮城谷作品はどれもすばらしいと思いますが、 この作品はいつもの宮城谷作品とは一線を画す良い作品であると思う。 是非ご一読を。 |
| この作品から宮城谷さんを読んでみては? 評価: |
| 名短編集です。
この本は、タイトルの「孟夏の太陽」を含む4つの短編が収められている。いずれも、中国・春秋時代の超大国、晋国の趙家の興亡を題材としている。 「孟夏の太陽」「月下の彦士」「老桃残記」「隼の城」の4編のうち、白眉は「月下の彦士(げんし)」。もう何回読んだことか。彦士、というのは一般的に使われない(辞書にも出てこない)が、「彦」は「姫」の反対語で男子、「士」は男子のことや庶民以上大夫未満の身分のモノをいうが・・・・なんというか、快男児というか、男の中の男という意味だろう。 ご存じのように(?)、趙家は後の戦国時代には三晋の大趙国として北方の雄となるが、晋の時代の趙家は他の三晋の魏・韓と比較しても浮き沈みが激しい。それだけ小説の題材になりやすいともいえるが、「月下の彦士」は、その最初の激動といえるであろう、趙盾死後に趙家を襲った御家断絶の裏で、その再興のために活躍した2人の物語。 詳しくは書かないが・・・・泣ける。最近、年のせいか(35だけど)こういう話を読むと、感動して泣いてしまうことが多い。80ページ弱の短編小説なので、立ち読みでもいいから(よくないけど)是非読んで欲しい。 |
| 晋は悪役の方がいいよな 評価: |
| ・孟夏の太陽
・月下の彦士 ・老桃残記 ・隼の城 の四篇が収録されているが、 主人公は晋の宰相家趙一族であり、 趙盾、趙朔、趙鞅、趙無じゅつの四人の主人公の物語が、 時代順に語られるが、 長編ではなく、短編オムニバスである。 素直に長編として膨らませた方が面白くなったと思う。 小説なんだから、キャラを立たせるセリフを捏造しても構わないのに、 「歴史書には書かれてないが、 ○○は××とすら言ったかもしれない。」 という文章は小説家としては逃げの姿勢ですな。 この小説の有名なエピソードは史記でも読めるし、 文化レベルの低い野蛮な戦闘国家晋の大臣たちを主人公にしても、 元ネタが小粒すぎて主人公に感動出来ない。 脇役たちに主人公たちは食われまくれています。 この作品集で一番魅力的な人物は趙盾の父の趙衰ですな。 趙衰は書物オタクであったので、 初夜の日に妻を正座させて、 一晩中、自分の読んだ本の内容を講義したそうです。 それは一日で終わらず、 三日三晩続いたそうです。 新婚さんの夜の営みを盗聴して興奮しようとしていた村人は、 「趙衰は嫁ではなくて弟子を得た」と吹聴したそうです。 自分が語る本の話題に付いてこれるかを確認してから、妻を抱いた趙衰は、 愛書家の鑑ですな。 本の話題も通じない馬鹿女を妻にして喜んでいる奴は、 性欲をもっとも大事にして生きているんですな。 人間の女はもったいないよ、猿か羊でも妻にすれ!w 史記でも書かれているが、歴史萌えには貴重な情報をメモっておく。 中国で始めて城を水攻めしたのは、 荀瑶(知瑶)である。(紀元前453年) |
| 秀逸な連作短編集 評価: |
| この連作小説の主題は端的に「親の因果が子に報い」ということだ。どれほど徳を積んでも先祖の遺徳に恵まれなければ出世することはできず、逆に悪徳を積んでもすぐに没落することもない。しかしその因果は必ず子孫の没落を招くということだ。 趙氏が最終的に戦国の七雄の一翼を形成することができたのは、趙衰からはじまる各当主が徳を黙々と積んできたということなのだが、中国における「家」概念の重大さがわかる反面、現代民主主義社会の原則は「親は親、子は子」であることと反していることには注意しなければならない。 しかし今の日本の現実はこの時代に近いようだ。君主ならぬ政治の世界では世襲がまかり通っている。例えば、A級戦犯の子供でも議員になれるということは、「親の因果は子に報いない」ということで民主主義の成熟を示しているという意見もある。しかし、その議員の政治信条はあまり親と変わらなかったりするし、選挙民も平気で投票してしまうということは、真の民主主義は日本に根付いていないという証明ではないだろうか。現象の表面だけを見てはいけないのである。 |
| 春秋時代を見る視点のひとつとして最適。 評価: |
| 春秋時代から戦国時代への移り変わりの象徴のひとつ、晋を3分したときの一つ趙の興りが描かれている。 この現象を興るほうからの視点で描かれており、言ってみればみんな「いいひと」として描かれているように見え、趙氏の史家が書くとこんな風になるのかなという印象を持った。 同時代の晋を扱った「沙中の回廊」という作品を読み比べると、視点の違いによって、同じこと同じ人物がこんなに違うのかと感じる。 ちなみに、自分はこの作品が宮城谷作品の初体験であり一番好きな作品です。 |
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