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| まゆみのマーチ、追伸 評価: |
| 表題の二作品は、重松清の『卒業』(新潮文庫)に収録されている。
「まゆみのマーチ」では、母の子に対する愛情の深さと、息子の母を慕う気持ちと懺悔の念が、綴られている。四捨五入すれば40歳という年齢を迎えたわたしには、痛切に感じ入る内容だった。帰郷する度に感じる母の老齢に、もうすぐやってくるであろう死別への恐怖を感じつつも、その母の愚鈍で非合理な振る舞いに苛立をぶつけてしまうことがある。おそらく、男は皆、こうした葛藤をかかえているはずだ。 他方で、「追伸」は主人公と継母との和解を描いた作品である。幼くして実母を失った主人公は、その面影を探し続け、継母のことを「おかあさん」と呼ぶことはなかった。ガサツな継母を心底嫌っていた。主人公の頑なな思い込みを氷解させたのは、継母の愛情だった。それは想像上の実母がしてくれる無償の愛情とは違う形をとっていたから、主人公は気づくまでに時間を要した。 他の二編も含めて、読了したときには泣いていた。 重松清という人は、家族関係を主に描いていると思うが、人間のこころの微妙な振幅を適確に表現するすばらしい小説家だと思う。本作とは関係がないが、「ナイフ」で描かれていた子供特有の思考なども絶妙である。「ああ、忘れていたけど、たしかに子供のころはそんな風に考えていたなぁ」というようなことが多く書かれている。また、シンプルで外連味のない文章はとても読み心地が良い。 |
| 人が生きるということ 評価: |
| 重松清は,中年男(概ね30代)が家族(主に小中学生の子供)との関係で悩む話を主に書いている人,という印象があり,それはそれでいつも面白く,あるいはしんみりと読んできた。
が,多分重松自身も年齢が40代になり,若干視点が変わってきたのか,人(特に近親者)の「死」をテーマにした作品が増えてきたような気がする。『その日の前に』もそうだったが,本書もそう。いずれも,近親者をなくした人間の喪失感をうまく描き出すことで,逆に「人が生きている」ということがどういうことなのかを考えさせる作品だった。 中でも,「まゆみのマーチ」が好きだ。 いつも朗らかで自然と歌が口を出てきた妹・まゆみが,小学校に入ると「変」だとされ,教師によってマスクをされたりして,歌とともに朗らかさを失っていく。そのまゆみをかわいがっていた母も,今まさに死のうとしている。 故郷を捨て,半身不随になった父の姿が見たくない(父も見られたくないだろう)として寄り付かず,都会で強く生きてきた「僕」は,読みながら,自分の姿を重ねてしまった。 別に世間体を気にしたり,強く生きたりする必要はなくて,愛し合う者同士が普通に仲良く暮らせるならそれ以上幸せなことはないはず。言葉で表現してしまうと「くさい」テーマだが,「まゆみのマーチ」は,そういう当たり前のことを,自然に感じさせてくれる作品だった。 |
| 失ってからでは遅すぎる 評価: |
| 著者の「死」の捉え方はいつでも暖かい。
単純にさびしい、悲しいだけでなく、 どうしても届けられなかった想いや 言葉に尽くせない感謝の想いがたくさん現れる。 考えたくないけど「絶対」に死は訪れる。 普通に考えれば親が先に逝くことになるだろうけど、 その時まで、どれだけ親のことを、自分自身のことを 考えられるだろうか? 逝ってからでは遅すぎる。 今、できること、伝えておきたいことはないだろうか。 そんなことを考えさせられる4編 4つの死、4組の親子を通して、それぞれの愛情を描いている。 いい作品です。 |
| 泣けた。 評価: |
| とてもよい作品だった。
どの話も素敵な話だった。 人の死にまつわる、人と人との繋がりの話。 考えせられた。 まゆみのマーチの歌詞の内容を知るまで、 あまりにも叱らない母親に少しイラっとした。 亮介くんが亮介のマーチで元気になればいいな。 |
| 人の顔が見え隠れする作品 評価: |
| 他の方のレビューのとおり、かなり心動かされる本。
そして、単なる「泣かせもの」ではない。 物語の裏に、本物の人間が存在する作品。 |
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