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| スリリングに味わうことができる 評価: |
| 遺伝子に関する生命科学の現場の臨場感を味わいながら、スリリングに読み進むことができる。
読み物としても面白く、頭が活性する。 本文引用 「秩序は守られるために絶え間なく壊されなければならない。 ー中略ー つまり、エントロピー増大の法則に抗う唯一の方法は、システムの耐久性と構造を強化することではなく、むしろその仕組み自体を流れの中に置くことである。」 「生命とは動的平衡にある流れである。」 国家、社会、人の身体、人の心、地球のシステム、ミクロの世界、マクロの世界… 「動的平衡の流れ」というのは、あらゆる現象に共通する「ふるまい」だと思う。 この「ふるまい」を頭に入れておくと、あらゆることに合致し世界の理解が深まる。 同時に、この「ふるまい」は人々を謙虚にさせる、以下にエピローグの結びを引用する。 「私たちは、自然の流れの前に跪く以外に、そして生命のありようをただ記述すること以外に、なすすべはないのである。」 |
| エピソードものか、中身も説明するか。その線引きがあいまい 評価: |
| 生命現象を分子レベルで明らかにする「分子生物学」における気鋭の学者が、生物を生物たらしめているものは何か?という問いに答える本。
「食ったモノが分子レベルに分解されたあと、身体のどこに取り込まれるか」の研究を通して、生命体は「形」でなく「流れ」とする主張が面白かった。 読み物としては十分面白いけど、上のような専門的な話をするには図表が足りず、表題の生物と無生物を分ける話も明確な結論は無し。その点がやや消化不良気味ですが、一般向け新書としての目的は果たしていると思います。 |
| 科学と文学のあいだ 評価: |
| 生物と無生物の境はどこにあるのか。自己複製機能は、生物が生物たりえる最低条件だが、それだけで良いのか?細菌は生物だが、ウィルスはどうだろうか。ウィルスは他の細胞に寄生して自己複製する。その意味では生物の条件を満たしているが、代謝は一切行わず結晶化する。その姿は幾何学模様の刺々しい塊である。これを生物と呼ぶべきか?著者の立場はNOだ。生物が生物たりえるには、もう一つ条件を追加する必要がある。それが「動的平衡」というわけだ。
砂浜に砂の城を作ると、やがて城は崩れ砂に戻る。この世にはエントロピー増大という避けることのできない物理法則がある。つまり、形あるものは崩れる。これは時間的に不可逆であり、砂浜に勝手に城ができることはない。では、生物はどうか。量子力学の基礎を築いたシュレディンガーは、「なぜ生物はこんなに大きいのか」との問いを発した。これに対する答は、「エントロピー増大に打ち勝つため」である。エントロピー増大によるミクロな崩壊に打ち勝つために巨大化するとともに、自ら崩壊と修復を繰り返して平衡を保つ。つまりこれが動的平衡である。必要な部品を食料から得て、常に体内の組織を置き換える。1年もすれば、人間の体の大部分は新しい部品(分子)に置き換わっている。「お変わりありませんね」という挨拶は見かけだけの話で、実のところ体の構成物質はほとんど入れ替わっている。つまり生命体は、たまたまそこに密度が高まっている分子のゆるい「淀み」でしかない。 動的平衡のカギは、タンパク質の相補性にある。生命の内部にはおよそ二万数千種類のタンパク質があり、それぞれ固有の形がある。あるタンパク質には必ずそれに相互作用するタンパク質が存在し、ジグソーパズルのように凹凸を組み合わせている。ひとつのタンパク質が抜け落ちても、その形に合うタンパク質が特定され修復される。この動的平衡を維持できるのが、生物が生物たりえるもう一つの条件であって、動的平衡を維持できなければ崩壊が始まる。つまり死に至るわけである。 このように書くと難しい本のように思われるが、その語りは文学的であり、ページをめくるごとに生物の真の姿が徐々に明らかにされていく様は、多くの人を引き込む推理小説のようでもある。DNAにまつわる裏話など、人間味のある話もあり。科学書としてはもちろん物足りないが、専門外の人に向けた解説書としては大変面白い。お勧めである。 |
| 結局、生物って何? 評価: |
| 私も、生物をどう説明されているのか期待して3年前に読みました。しかし、多くの書評のようにその答えがありませんでした。「動的平衡」も多分期待が裏切られると思い、古本で読んでみました。全く物足りません。「世界は切っても・・・」は読まなくても内容のレベルは分かる気がして読むつもりはありません。
しかし、この本に何を求めるかで、入門書としてはなかなか良い本だとと思います。ただ、科学者としては情緒的な記述も多いのが気になりました。 参考までに、私は、「生物とは」以下のようなことかなと思っています。 一般的に、生物の定義は「自動機械(自律的代謝?をする)」であること、「自己複製」をすることを説明することのようです。このため、20年位前に「人工生命」のブームがありました。 先ず、自動機械といえばロボットを思い浮かべますが突き詰めれば「自己組織化」に遡ります。これには、水の流れのなかの渦であったり、化学現象で有名なのがベルゾーフ・ジャポチンスキーの振動反応などがあります。永久機関と違うのはエネルギーの流れがあります。つまり、純粋に物理化学的に自動機械が構成できる可能性をしめしています。この辺の理論は、物理学的には力学系といわれる一分野で非線形系、非平衡系、散逸構造、カオスの縁、・・・などのキーワードで語られます。散逸構造の提案ではプリゴジンがノーベル賞を受賞しています。 次に、自己複製の方はどう考えるかというと、チューリングマシン(自動機械、自動計算機)が設計図DNA、RNA(情報、コード)を読み解いて自己を再構成するというストーリーです。ここで重要なのは自己複製するという「意思」もDNA、RNAに記述されていることです。(つまり、細胞なら細胞がある状態になった時複製のトリガーが引かれる。) 自動機械の定義では、それがたんぱく質でできているか、生化学反応で動くかどうかといことは本質的ではありません。 生命を含む世界観としては、物質世界は超弦理論など10次元程度の力で説明できるそうです。そして、この物質世界に直交する軸として「情報」があるという考え方です。 DNA、RNAによる遺伝子の発現(分化誘導)も自分が環境(状態)を作り、環境(状態)が自分を規制するという風に、かつ、複合的にはたらきます。(プリオンなどはこの環境のひとつのあり方だと思います。) とにかく、生命の発生には神は要らないということ。(・・・とも言い切れない。 これ以上は、「意思」とか「意識」の問題ともなって脳の不思議にも関わってきそうです。) 自己組織化は素粒子レベル、原子分子レベル、物質レベル、生物レベル、社会レベル、地域レベル、世界レベル、太陽系レベル、宇宙レベル、・・・夫々の階層内でも起こり、それらを貫いても起こります。 福岡氏のそれは生物レベルに限定して、恒常性、静的平衡(ホメオスタシス、ホメオスタティックス)、動的平衡(ホメオダイナミックス)を論じたものと思います。 |
| 生命=動的な平衡状態 評価: |
| 「生命とは何か?」という問いに、科学的に答えようとする興味深い試み。
結論から先に言うと、著者は生命を、「動的な平衡状態」であると考えている。 DNAの二重らせん構造を用いながら、既存の生命観「自己複製を行うシステム」を構造的に説明しているが、それだけでは生命たり得ないとウィルスを例に挙げながら指摘し、必要条件ではあるが、十分条件ではないと主張する。(著者はウィルスを生命とは定義していない) そこで著者が主張するのが「動的な平衡状態」で、「生命とは何か?」を語るには「時間」の概念が不可欠であると主張する。 生命とは「要素が集合してできた構成物ではなく、要素の流れがもたらすところの効果」、「代謝の持続的変化」であり、その変化こそが生命の真の姿であるとする。 つまり、常に一定の秩序を維持しながら変化し続けている状態こそが生命の本質ということになる。そのバランスを取るため、生成と崩壊が同時並行で進んでいるという、何とも不思議な現象であり、それこそが生命の奇跡ということだろうか。 本書の主旨は、エピローグに書かれた以下の言葉に端的に表れている。 生命という名の動的な平衡は、それ自体、いずれの瞬間でも危ういまでのバランスをとりつつ、同時に時間軸の上を一方向にたどりながら折りたたまれている。それが動的な平衡の謂いである。それは決して逆戻りのできない営みであり、同時に、どの瞬間でもすでに完成された仕組みなのである。 ただ、本書のタイトルにある「生物と無生物のあいだ」については、ウィルスの事例が挙げられている程度で、あまり突っ込んだ議論が展開されていないのが残念。「あいだ」について、もっと掘り下げて欲しいところ。 |
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